「忘却の旋律」勝手サイドストーリーにして、アニメ版「シスター・プリンセス」勝手続編シリーズ『約束島』のWeb連載版、第11回目
長らく間が空いてしまい、お待ちいただいた方には大変申し訳ありませんでしたが(汗)、ようやくと再開です。

以前と同様のペースで更新したいと思ってはいますので、ペース含めて、いましばらく見守っていただければと。

それでは、どうぞ、、、

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 数時間後……本日中にすませてしまえそうな作業をひととおりし終えた頃、航の妹たちの中では眞深をのぞいての最年長らしい咲耶が、ボッカたち三人に夕食の準備が整った旨を知らせにやってきた。
「今日の夕食当番は、四葉ちゃんだっけ?」
 鈴凛が記憶を探りながらたずねると、咲耶は「ええ」と快活に答えて首を縦に振る。
 もっとも……と鈴凛がボッカたちに向けて補足するところによると、食事準備の当番制があるとはいえ、昼にリビングで集まった時に紅茶とコーヒーをサービスしてくれた白雪という娘が、実際には毎回自分から率先して手伝いに入ってくれており、料理上手な彼女の監修で誰が当番担当した場合でも、できあがりの味のクオリティは一定以上に保たれているらしい。
「この島にいてくれるとして………。しばらくしたら、小夜子さんとボッカさんにも食事当番を手伝ってもらうことになると思うけど、いい機会だから、白雪ちゃんに料理を教えてもらうといいよ」
 何らおごることなく、鈴凛が無邪気な口調でふたりに勧めてくる。
 自分たちの食生活について小夜子が彼女たちに話したとは思えず、よってふたりの料理に関する力量を彼女が知りはしないはずなのだが………
 おそらくは相手のスキルに関係なく、教えを請うことを勧めれるほどの料理の腕前を、あの白雪という少女は持っているのだろう。
 そして、姉妹たちとその兄はそれを知り尽くし、誇れるものとして共有している。
 かくいう鈴凛自身のメカに関する高い技能も、きっと同様のものとなっているに違いない。
「あたしたちはレトルトばっかの食生活だったからねえ」
 いまさら卑下するでも卑屈になるでもなく、小夜子がため息混じりに事実を口にする。
 旅を続けるふたりの身の上としては、安売りされている時にまとめて買い込んだレトルト食品を野宿がてら食すのが常だ。
 アルバイトでいくぶんかの金銭を得ることができた際に、ファミリーレストランや街道沿いのドライブインで外食をするか………あるいはそれこそファミレスや食堂でバイトをして、まかないを出してもらう時くらいしか、「まともな」食事を摂る機会はない。
「だったら………やっぱり、ボッカさんの傷が治るまで、この島にいた方がいいよ。ちゃんとした食事を摂らないと、治りが遅くなっちゃうからさ」
 鈴凛は憐れみではなく真剣にボッカのことを心配して、そう提案してくれる。
 隣で咲耶も「そうね」とうなずいて、大いに同意していた。
「白雪ちゃんなら、そういう……怪我の快復に効果のある料理の知識も持っているはずだわ。たぶん、急いで出ていくよりも、ちゃんと体を治してからの方が………」
 咲耶が追い打ちをかけるようにいってくれているうちに………彼女たち兄妹が生活しているウェルカムハウス離れの建物が、すぐ間近に迫ってきている。
 ちょうど夕闇が周囲にたれ込みはじめていて、建物の窓から漏れ出る屋内の灯りが際だつものとなってきていた。
 その灯りが、とうの昔に捨て去った懐かしいもののように思えて………
 ボッカと小夜子は互いに顔を見合わせ、何かを口にしようとして………それでも言葉にはすることができず、もどかしいままに黙り込む。
 そして、咲耶と鈴凛が開けてくれた、その建物の扉の中へと、ふたり静かに吸いこまれていった。


 昼間もいたリビングに航とその妹たち、ボッカと小夜子……つまりは、いまこのウェルカムハウスにいる全員で集合して摂った夕食は、たしかに美味と賞賛して何ら差し支えのない代物だった。
 おそらく、今日の当番だった四葉という娘は、それほど料理が得意というわけではないのだろう………調理された食材の形こそ悪かったが、味はそれを補ってあまりあるほど上等なものに仕上がっている。
 最終的に白雪が味を調整したとみて間違いないようだ。
 また、品数が多いことも、普段は単調で偏った食事を摂っているボッカたちにとっては、栄養バランスの面でも実にありがたいことだった。
 こんな充実した食事を摂ることができたのは、いったいどれくらいぶりのことなのだろうか………
「どうだろう?おふたりの口に合うかな?」
 どんな答えが返ってくるのか、ある程度、想定はしているようだが………航が興味深そうにボッカと小夜子とにたずねてくる。
 ボッカたちは、航と……その妹たちが期待しているであろうとおりの反応を皆に向けて示した。
 これほどまでに美味しくて、内容のそろった食事をしたのは久しぶり………いや、初めてに近いのではないか、と。
 社交辞令でもない本心そのものからの反応に、四葉と白雪は互いにニッコリと微笑みあって、満足そうにうなずき………ほかの妹たちと航とは、安堵して、ホッと胸をなで下ろす。
 その中で唯一、航の隣に座っている眞深だけが、ほかの兄妹たちにあわせて喜んではいたが………それでもどことなく、居心地悪そうにソワソワとしていることに、小夜子はめざとく気づいた。
 とはいっても、この柔らかく温かな雰囲気の中、指摘するわけにもいかず………
 小夜子は思わず視線をそらしてボッカの顔を見つめ、航の妹たちによる華やいだ雰囲気に包まれた彼の表情が、なんとなくにやついているように思えて、反射的に頬をふくらせてしまう。

「さて………昼間に話した件なのだけれど」
 食事がひととおり終わったあと、しばらくそのままリビングで円卓を囲み、白雪が淹れてくれたお茶をすすりながら歓談していたところ………タイミングを見計らって、航がボッカたちへと切り出してきた。
「このまま、この島にとどまるか、それともあのマシンの修理が終わり次第、出て行ってしまうか………選択はできたかい?」
 彼の言葉とともに、リビングに満ちていた騒がしさはスッと引いていき、航と妹たち全員の視線が、一斉にボッカと小夜子とに注がれる。
 ふたりは互いに視線を合わせて…・・・…やがて小夜子が小さくうなずき、それが合図だったかのように、ボッカが航へと振り返った。
「このまましばらく………僕の傷が治るくらいまで、航さんたちのお言葉に甘えさせていただこうと思います」
 ボッカが決意を込めて、航をはじめとするその場の皆にそう伝えると、ふたたび安堵と喜びとが、すみやかにリビング中に広がっていく。
 その中で、やはり眞深だけが、どこかしら引っかかっているようだが………小夜子にとっても、ボッカにとっても、いまはそれより先に伝えるべきことがある。
「その代わり……というわけでもないですが、僕たちにできることがあったら、なんでもいってください。何か頼みたい仕事がある……とか、航さんがいわれてましたけど………」
 昼間、倉庫の前で会った時に彼がいっていたことを思い出しながら、ボッカは真っ正面から見つめこみつつ、航へと確認した。
「ああ、そのことなら………」
 航も思い出しながら、静かに両手の指をテーブルの上で軽く組み合わせる。
 ボッカは思わず、固唾をのみ………彼の言葉が続けられるのを待った。


                         << 続く >>