「忘却の旋律」勝手サイドストーリーにして、アニメ版「シスター・プリンセス」勝手続編シリーズ『約束島』のWeb連載版、第5回目。

主立ったキャラは、これでひととおりそろったかな………

今回で、これまでコピー誌に掲載したきた分はすべて出し切りましたので、次回からは全くの新規………ということになりますね。

それでは、どうぞ、、、

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 三つ編みの少女に屋内へと引き寄せられた瞬間、後ろでバタンと音を立てて閉ざされた扉は、まさしく……少女が「ウェルカムハウス」と呼んだこの建物の入り口だったらしい。
 目の前には2階へと続く階段があり、そして正面には、この玄関とおぼしき場所から別の部屋へとつながる大きな扉がまたあった。
「あら……。もう、みんな集まっちゃってるみたいですね」
 三つ編みの少女がそういったとおり、正面にある扉の向こうからは複数の人間が楽しげに談笑する声……しかも、すべて若い女性たちのものからなる声が漏れ伝わってくる。
「あの………」
 ボッカは再度、口を開いて………状況を知っているらしきその三つ編みの少女にたずねようとした。
 まず何から聞き出すべきか、ボッカにとってそれはすでに決まりきっている。
 まずは、海に投げ出されたとき以来、離ればなれになってしまっている………このほとんど何もわからない現状において、何にも増して気がかりでしょうがない、小夜子のことを………
「そのことなら、大丈夫ですよ」
 しかし、ボッカが口を開いて、その名前を出す前に………三つ編みの少女はボッカの手を引きながら微笑んで、いう。
 そして、もう片方の手でドアノブに手をかけると、内側に引きつけて扉を開いた。

 木製の扉が開かれると同時に、その中に封じられていた喧噪がこちら側へと向け、一気に解き放たれる。
 その先に展開された光景を見て………ボッカは思わず息をのんだ。
 そこはこの建物のリビングにあたる場所らしく、正円形となった空間の真ん中に円卓がしつらえられている。
 そして、その周囲を………おそらくはそれぞれの個性を具現化している色とりどりの服装に身を包んだ少女達が取り囲んでいた。
 しかも、二人や三人ではない。傍らにいる三つ編みの少女と比べてやや年上の者から、まだ小学校低学年くらいだろうか……あどけなさの残る幼子にいたるまで、片手の指では数えきれず、両手の指を駆使してもまだ少し足りないくらい多数の少女達が、リビングの中で楽しげな談笑にいそしんでいて………
 やがてボッカと三つ編みの少女との来訪に気づき、一斉に視線をこちらへと向ける。

「もう……遅いわよ、可憐(かれん)ちゃん」
 一瞬、談笑がとぎれたのち、少女達の中でも年長格とおぼしき、長髪を左右で大きくまとめたファッショナブルな趣の少女がこちらに向けて、話しかけてきた。
「ごめんなさい、咲耶(さくや)ちゃん。……でも、ちょうどよく、この方をお出迎えできたんです」
 可憐と呼ばれた三つ編みの少女が、小さく舌を突き出して、愛嬌たっぷりに受け答えする。
「私たちもいま、みんなでお出迎えに行こう、って話していたところよ。今さっき、目を覚ました、って雛子(ひなこ)ちゃんが教えてくれたから」
 そういって咲耶と呼ばれた年長格の少女が視線をやや下に向けると………そこではこのリビングの中にいる少女達の中でもとりわけ小さな女の子が、その視線に応えて得意げな笑顔を向けている。
 その雛子と呼ばれた少女は、先ほどボッカが寝かされていた部屋を廊下からのぞき込んでいた……そして、この場所へとボッカが来たるきっかけとなった女の子に間違いなかった。
「でも、よかった………。『どうせ、ほっといったって向こうからやってくるから、迎えになんか行ってやる必要はない』って、強情を張ってる人が、一人いたものだから……。いま、みんなして説得していたところなの」
 ボッカに向けて軽く観察するように目をやりながら、咲耶が軽く肩をすくめてみせる。
「まあ、本当にいうとおりになったわけだから、結果オーライなのかしら」
 「ね?」と確認するように咲耶が微笑みかけた視線のその先に向けて、部屋中の人間の視線が推移していく。
 ボッカもやや遅れて、その動きを追随していくと………
「よっ!………遅すぎて、レディたちはすっかりお待ちかねだぜ、セニョール」
 部屋中にいる少女達の中で、ボッカが唯一よく見知った、これまでずっと行動をともにしてきた少女……小夜子の、いつもどおりに彼へと向ける不敵な………それでいて今回はどこかしら恥じらいも含んだ笑顔が、そこにはあった。

「小夜……子………」
 彼女の視線を受けながらひねり出すように名前だけをつぶやいて………ボッカは言葉に詰まり、息をのんだ。
 安堵か、それとも怒りか………いま、彼女に語りかけるべき言葉はいくつもあるはずなのに、それぞれが先に先にと主張して優先順位を定められず、ただ唇がみっともなくパクパクと開閉を繰り返す。
「大丈夫かい?君………」
 なにもいえないまま、不意に後ろから声をかけられて………あわてて振り向くと、そこには自分よりやや背が高い、おそらくは同年代か少し上くらいの、まだ少年というべき年齢にある男性の少しだけ怪訝そうな表情があった。
 だけど視線が合うとすぐに、その表情が柔らかな笑顔に変わる。
 同時にこの部屋の中で………少女たちのどよめく声がいっせいにわき上がった。
「お兄様」「兄ちゃま」「お兄たま」………
 彼女たちはそれぞれ別の呼び方で「兄」とおぼしきこの少年に向けて呼びかける。そして、部屋へと迎え入れるため、いっせいにこちらへと近づいてこようとしていた。
 ボッカがあわててまた振り返ると、近づいてくる少女たちの集団の向こうで、小夜子だけがひとり、さすがに呆気にとられた風体で、こちらを見つめている。
「お兄ちゃん、この方は………」
 かたわらでは………ほかの娘たちよりも一足早く、可憐が「兄」へと語りかけ、ボッカのことを説明しはじめていた。
 その瞳には、ただこうして会えるだけで……こうして話ができるだけでうれしい、とでもいわんばかりの、えらく純粋な想いの色がたたえられているように見える。
「ああ、君が………」
 可憐による説明を受けて合点がいったようで、「兄」はあらためてボッカの表情を見つめ直して、うなずく。
「彼女のパートナーのボッカ君か。………話は小夜子ちゃんからも聞いているよ。ひとまずは……見た感じだと、大事はないようだね………」
 つぶさに観察しようとする彼の視線が気にかかりながらも………ボッカはまたあわてて室内に視線を向けて、小夜子の姿へと釘付けになる。
 「兄」がなにげにはなった「パートナー」という単語に反応して、彼女もさすがにその顔を紅潮させきっていた。
 きっと、他人から見ればいまの自分もあれくらい真っ赤になってしまっているんだろう………そんな的確すぎる自覚が、ボッカの胸へと去来してくる。
「ああ、ごめん……まだ名乗っていなかったね。僕は海神航(みなかみわたる)。一応は、このウエルカムハウスの責任者……ってことになるのかな?」
 航と名乗った「兄」の誰とはなしにたずねたひとことに、その場の小夜子以外の少女たちが、いっせいにうなずき返す。
「そして、私たちみんなのお兄様でもあるのよ」
 少女たちの中から咲耶がひとり歩みだし、航の言葉に補足する。そして、やはり小夜子以外の少女たちは皆、うなずいて彼女の言葉に同意した。

「兄……なんですか?………全員の?」
 ボッカが………気恥ずかしさをごまかしたい意図もあって、ようやく口にすることができた言葉は、しごくもっともなものではあったけれど………すでにこの場の雰囲気に飲み込まれきっていて、いまさらな趣さえある。
「まあ、そういうことになるね」
 航はあっけらかんと肯定して、あらためて部屋の中をぐるりと見回しはじめた。
「ここにいる、十さ………あれ?まだ全員はそろっていないのかな………?」
 航の視線に怪訝そうな色が浮かんだその瞬間、上の方でドタバタと床を走り回るような音がして、それがグルッと部屋の周囲を一回りしたあと、階段をバタバタと勢いよく駆けおりる音へと変わる。
「ごめーーーん」
 そして、玄関の脇にあった階段からけたたましい足音とともに、少女がひとり姿をあらわし………そして、この部屋の方へと突っ込んできた。
「うわ、わ………」
 そのあまりの唐突さにボッカは、身を翻して避け………きることができず、勢いあまって飛び込んでくる少女の体を全身で受け止めてしまう。
「クっ………」
 その衝撃によって背中全体にに痛みが走り………ボッカはさすがに苦痛に顔を少しゆがめてしまった。
「あわわ………。大丈夫?………ですか?」
 飛び込んできた少女が、大あわてとなって左右二カ所でしばった髪の毛をふり、ボッカに問いかけてきた。
「え……ええ、なんとか………」
 ボッカもとっさに表情を切り替えて、誰とは知らないけれど、その元気さあふれていることは間違いなさそうな少女に向けて、安心させるための返答をする。
「やせガマン………」
 そんなボッカの背中に向けて、小夜子の容赦ないひとことがあびせられた。
「と・に・か・く………遅いわよ、眞深(まみ)ちゃん。もうとっくに、みんなそろっちゃってるんだから」
 いまこの部屋に駆け込んできた眞深と呼ばれた少女に向けて、咲耶が軽く叱責する。
「ご、ゴメン………なかなか部屋が片付かなくてさ」
 はにかみ気味に弱く笑いながら、言い訳めいた口調で眞深がいう。口の端から軽くのぞき出る健康そうな八重歯がらえらく特徴的な娘だな、とボッカは思った。


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