「忘却の旋律」勝手サイドストーリーにして、アニメ版「シスター・プリンセス」勝手続編シリーズ『約束島』のWeb連載版、第3回目。
第1話「約束島」の2回目で、前回に引き続き「忘却の旋律」の主人公・ボッカとヒロイン・小夜子が巻き込まれている逃走&追跡の顛末となります。

次回、いよいよ舞台が移り、、でもって、今回の最後に登場したキャラは、、、

てことで、どうぞ、、、

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 なぜこれほどまでに執拗な攻撃を受け続けなければならないのか?………しかも、自分たちメロスの戦士が本来守るべき、ごく普通の市井の人々たちから。
 旅立って以来、何度も突き当たってきた……そして、そのたびに棚上げしなければ先に進むことすらできなかった疑問が、ふたたびボッカのもとへと去来する。
 かつて……前世紀末のモンスターとの全面戦争において人類側の最後の切り札だったメロスの戦士は、戦争後……人類が敗北し、完全にモンスターの支配下へとおかれたこの新世紀においては、社会の安寧と秩序とに仇なす、無用の反逆者にほかならなかった。
 それはよくわかっていた。すでに、この旅の中で、わからされすぎていたことだった………

「ねえ!ボッカってば!!」
 いつから呼び続けられていたのか……あわてて、すぐ耳元で響いていた声にボッカが振り向くと、眼前に彼が小夜子と呼んだ少女の顔が迫っていた。
 彼女はいつの間にかサイドカーの上で立ちあがり、アイバーマシンのボディに手をかけてなんとかバランスを保ちながら、ボッカに対して何かしらの提案を直接伝えようとし続けている。
 耳をそばだて、周囲をとりまく風切り音に負けじと苦心して聞いた小夜子からの提案は、しかしボッカにとっては到底受け入れられようのない代物だった。
 彼女はいった。メロスの戦士の力で、あいつらを蹴散らしちゃえ、と。

 たしかに……モンスターにも応戦できるメロスの戦士の力をもってすれば、いかに数が集まっているとはいえ、すべて普通の人間たちが操縦しているにすぎない一般車両の軍団を壊滅状態に追いやることは、さして難しくはないだろう。そして、それが……いつ終わるともなく彼らに追い立てられ続けているこの状況を打破するための、ほぼ唯一、こちらから取りうる策であるということもまた、間違いないようだった。
 だが、それは……本来ならば守るべき対象である人間たちをメロスの戦士の力をもってして排除するということは、ボッカにとって絶対に越えてはならない一線でもあった。
 もしその一線を越えてしまったら、これまで自分が経験してきた戦いも、旅立つときから抱き続けてきた志すらも、すべてを自分自身で否定してしまうことになる。
 それはボッカにとっては、まさしく……どうしてもできない相談だった。

 その自己規範に従って、ただ静かに首を横に振って拒否の意志を示したボッカは、しかし、想定外の事態に直面してしまう。
 小夜子がボッカのその判断に納得せず、食い下がってきたのだ。
 わからなかった。……なぜ小夜子が納得してくれないのか、ボッカにはまったくわからなかった。
 だが、小夜子ならきっと自分の判断理由をわかってくれてるはずだと、いつの間にか自分勝手に思いこんでしまっていたことさえもわかっていなかったのが、この場においてのボッカの……致命的な青さだった。
 互いが互いの主張をゆずらず、切迫した状況と事態の加速感とによって、まさしく拍車をかけられ……売り言葉に買い言葉の非建設的意見の応酬にまで二人の諍いはたやすく陥ってしまう。

 その間に後方からの追突攻撃は、ふたたびアイバーマシンの位置まで……言い争いを続ける二人のもとまで到達するようになってしまっていた。
 激しい横揺れが二人を襲い、バランスを崩した小夜子がサイドカーの座席にへたり込む。
 だが、いきりたってしまった彼女は、そんな攻撃をものともせず、即座に立ち上がって、ボッカのもとへとにじり寄ろうとしていた。
「バカ!それどこじゃないだろう!!」
 そう口に出かけたボッカの言葉は、ふたたび襲ってきた横揺れによって、喉の奥へと一気に飲み込まれてしまう。小夜子もまたバランスを崩し、サイドカーのカウルにつかまって、なんとかしがみついている状態だった。
 小夜子との口論はひとまず保留して、しばらくは後方からの攻撃をしのいでいくしかないのか………
 そう思った瞬間、前方になにやら白い帯状のものが行く手をふさぐ形で出現してきたことに、ボッカはようやく気がついた。

 この海沿いの街道は、いつまでも一直線の道ではない。時には……速度をゆるめないと回りきれない角度のカーブも存在する。
 道路と海の間にある砂浜もいつかは途切れ、道はいつしか切り立った崖の上を行くようになる。そして、道行くものを保護するために崖の端には白いガードレールが設けられている。
 彼らを取りまく現状を構成する要素は、どれもこれも、理解にいたれば、そうそう不自然なことではない。
 だが、いまのボッカにとっての悲劇は、その理解にいたるまでが遅すぎたことと、現在、騎乗しているアイバーマシンのスピードだった。
 いまからでは減速してハンドルを切るのはとうてい間に合わない。この期に及んで取り得る最後のワンアクションは………
「エランヴィターール!!」
 ボッカはそのアイバーマシンの名を叫びながらハンドルを思いっきり胸元に引き寄せ、マシンの前輪を浮かせた。そして、小夜子に向かってサイドカーの座席にしがみついてるよう、あらん限りの大声で指示を出す。

 マシンの後輪がガードレールの鉄板をはじき飛ばし、その衝撃が激しい振動となって自分たちを襲ってきた。
 そう認識した次の瞬間に……前輪を高くかかげ嘶く馬のような姿勢となったアイバーマシン……エランヴィタール号はボッカと小夜子とを乗せたまま崖から勢いよく飛び出し、人馬もろともとなって前方に広がる海へと投げ出されてしまっていた。


 視界の前方が気泡によって白濁してしまっている………鈍磨した意識の中においても、ボッカはそれくらいの事象は認識できた。
 海面に打ちつけた衝撃で背中は完全に麻痺しきっていて、痛いという感覚すらない。そして、自分の周囲を取りまく海水は口から鼻から容赦なく体内に流れ込んできて、光ある海面は急速に遠ざかっていく。
 次第に薄れゆくボッカの意識の中で、死が着実に近づいているという事実がただ硬固たる存在感を有している。
 海中へと沈み行くさなかに傍らを振り向こうとして、ボッカはすでに自分の筋肉が思うように動いてくれないことに気がついた。
 自分とともに海中に没したはずの小夜子は、いったいどうなったのだろう………ただ、それが気がかりで……
 だが、自分にはもう、この絶望的な状況に対して何かを成すだけの力は残されてはいないらしい………

 もはや目を開け続けていることすらできず、視界が海中の薄闇から濃密な黒へと暗転していく。
 そして、その視界の中に………不意に見覚えのある情景がボンヤリと映し出されてきた。
 それはつい数十分前のこと………車群による襲撃を受ける直前、街道沿いのひなびたドライブインで小夜子と二人、朝食を摂っていたときの光景だった。
 なけなしの資金をはたいて久々にありつけたまともな食事に目を輝かせ、がっつこうとする小夜子の食欲にあきれてしまったものだから、ボッカは「太るぞ」なんて口を酸っぱくしながら、つい小夜子のことを、からかってしまった。
 小夜子も小夜子で、誰かさんとずっと一緒に旅してるおかげで自分はいつもまともなもの食べてないんだから太るわけなんかない、と必死で反論してきたけど……それは別に彼女がボッカに対して真剣に怒っているわけではなくて………
 再生装置(リプレイマシン)みたく脳裡で忠実に再現されるその他愛のない諍いの情景が、いまのボッカにとっては、とてつもなく遠く、そして貴いもののように思えて仕方がなかった。
 この絶望的な状況からは遠くかけ離れた、単なる日常の、だけどかけがえのない日常の情景。
 好きな女の子と一緒に過ごすことのできる、それだけでたまらなく幸せでいられる時間。
 それらはたしかに数十分前には自分の手の届く範囲内にあったはずなのに……なのにどうして………最後の最後で自分は小夜子と本気で仲違いしてしまったのか。そして、小夜子を自分と同じ死の運命に巻き込んでしまったのか。
 押し寄せる途方もない後悔の念と海水の圧力とに押しつぶされ、ボッカは力なく、圧倒的な死の待つ海中へと深く沈みこんでいく。

 ほどなくして彼の肉体から、もうほとんどのすべての感覚が消え去っていったそのとき、唐突に一条の光がボッカのまぶたへと到達して………
 なけなしの気力を振り絞ってどうにか、ほんの少しだけ開けた視界の中に…………ボッカは、彼が最後に欲した者とはまた別の、少女の姿をみとめたような気がした。


                         << 続く >>